- https://ja.wikipedia.org/wiki/革新自治体
1976年11月という美濃部都政の末期には石油危機の影響を受けた税収減で都財政は赤字手前となっていた[16]。美濃部都政は、職員17万6000人から22万人へ増加させ、東京都予算の42.5%を人件費にした。これも東京都の赤字団体への転落危機の原因となっていた。美濃部都政は財政赤字を減らすため、都内下水道料金280%値上げ、都内水道料金160%値上げ、都バス・都電・分娩費用・火葬費用などの各種値上げを行った。美濃部都政期間に都の借金は9739億円増加した[17]。